聖徳太子の思想
 ~太子の思想~
 


 太子の仏教思想とは
聖徳太子の仏教思想を表すものとして、太子の死後、妃の橘大朗女(たちばなのおおいらつめ)が作ったという「天寿国繍帳」の銘に記されている、「世間虚仮、唯物是真」の語がある。この言葉を、太子は生前よく語っていたという。熾烈な権力闘争の家中にいた人の言葉として、印象深いものがある。また「日本書紀」によると、亡くなる時、山背大兄王をはじめとする子供たちに、「諸悪寞作、諸善奉行」という言葉を授けたという。この言葉は「七仏通誡偈」と言われるもので、「法句経」の句として有名である。しかしこの頃はまだ「法句経」を含む「阿含経」は日本に到着していない。
もし太子がこの言葉を本当に言ったとすると、それを何処から知ったのかが問題になる。この言葉は、曇無職訳「涅槃経」に出てくるものである。その句を太子は「涅槃経」から知った可能性がある。「上宮聖徳法王帝説」には、聖徳太子は慧慈に
就いて学んで、「能く涅槃常住・五種仏性の理を悟り、明らかに法華三車・権実二智の趣を開き、維摩不思議解脱の宗を通り・・・・」とあるので、あるいは太子の仏教思想には、三経だけでなく、「涅槃経」も大きな位置を占めていたのだろう。
 憲法十七条と涅槃経
「憲法十七条」も「涅槃経」と関係があるかもしれない。というのは、根っからの悪人はいないという言葉があるからだ。それは、見方によっては「一切衆生悉有仏性」の考え方に立ったものといえる。それは、仏教の意義を強調した第二条に出ており、「篤く三宝を敬う。三宝は仏法僧なり。即ち四の生まれの終の帰(よりどころ)、万の国の極れる宗なり。何れの世、何の人か、この法を貴び非あらん。人、甚だ悪しきもの少なし。よく教うるをもちて従う。其れ三宝に帰りまつら不ば、何を以てまがれるを直さん」とある。これを「涅槃経」に結び付けるのは強引かもしれないが、ここに「篤く三宝を敬え」とあるわけで、少なくとも「憲法17条」は、仏教を一つの大きな拠り所としている事は間違いなさそうだ。
 仏教の思想に依拠
この「憲法17条」は、必ずしも仏教のみに則ったものとは言い切れないが、仏教の思想に依拠している部分がある事も事実である。このほか、むさぼり(貧)・ほしみ(欲)をいましめ(第5条)、怒りを戒め(第10条)、嫉妬を戒め(第14条)ているのは、貪・ジン・痴の三毒を嫌う仏教の立場といえる。その第10条では、自己の見解に固執しつつ、他と論争をする事を戒めている。自己も含めて、共に皆凡夫であり、愚者であるという自覚から出発しよう、というのである。この立場は、日本仏教の根底に流れているのかもしれない。


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