名君・上杉鷹山
 ~鷹山の生活~
 


 「御本陣日記」より
鷹山の実際生活を知る具体例は、さほど多く残されていない。下長井の成田村の佐々木家は、歴代の藩主や役人などが、下長井の巡見や鷹狩りの際に宿泊する本陣の一つであった。ここに、宿泊した際の宿割や賄物・拝領品などを記録した「御本陣日記」が残っている。安永5年(1776)2月20日から、鳥撃ちを目的とした下長井巡検のため、鷹山一行は、この本陣佐々木家に五泊したが、残念ながらそのときの賄献立の記録はない。それ以前までは、必ず宿泊すれば、朝・昼・晩の献立を記入しているが、このときのそれがないのは、賄の出し方が変わったためだと思われる。
その一行は40人余で、本陣佐々木家のほか、近在の14軒に分宿しているが、随行者は、御家老・御小姓組・御仲間年寄・御勘定頭・代官など、藩の中枢部の人達であった。本陣には、御側用人の木村丈八、御膳番志賀八右衛門、蓬田友四郎、平小姓3人、医者2人などの側近と、茶道・台所頭はじめ、台所・膳部の下遣いなど23人が宿泊している。藩主の鳥撃ちとはいえ、物々しい行列であったことが知られる。しかし5泊の賄は、台所の賄といい、直接、藩台所の指揮で準備しているのである。
これに対して、手伝いとして成田村では、飯炊・小遣・買物夫各1人、佐々木家と長六家でも、召使・下女など4人を出している。また佐々木家では、薪炭・塩・味噌を提供したので、これに対する代銀を受けている。本陣では燃料・材料および手伝人夫を出すだけで、賄は半の台所膳部の手で準備されたため、献立の記録がなかったものであろう。
5日間の獲物は、37羽とあり、鴨であったとみられているが、鳥撃ちの行事は、武術の訓練として、改革の最中であっても実施されていたのである。米沢と成田の行程は、宮村舟場から舟で糠野目へ松川を下り、そこから米沢街道を米沢に向かうものであった。
 粗末だった献立
鷹山一行の献立記録ではないが、安永9年(1780)3月26日から4日間、野会のため宿泊した相模様(重定の長男勝煕、御供、御用人など12人)の本陣の献立を見ると、次の通りであった。
(26日晩)
平 ぬぬヶ、くくたち/汁 えび、ねぎ/飯
(27日朝)
平 切干、こんにゃく、とうふ/汁 なつ菜/飯
(27日晩)
平 よせとうふ 葛かけ/汁 くぐち、牛蒡/飯
(28日朝)
平 がん、牛蒡、せり、つくし/汁 葛/飯
(28日晩)
平 塩引、くくたち/汁 うど/鉢 うこぎひたし/飯
(29日朝)
平 切干、こんにゃく、豆腐/汁 えび、ねぎ/飯


以上の献立は、藩主の物ではないが、大変粗末なものであったといえよう。同記録には、前藩主重定一行が、延享3年(1746)2月5日から7日間滞在した時の賄を記載している。それによれば、平・汁・飯のほかに、晩食には鱠・大猪口・吸い物のほかに、酒肴や夜食がつくこともあり、朝には皿・壺がついている。鱠には、 くり大根、にんじん、きくらげ、ひずなど、珍しい煮物があり、平には、たら、かれいなどの一品物もみられた。相模様の賄は、藩主ではないとはいえ、あまりにも差があり、質素である。これは、鷹山の改革期の反映であるといってよいであろう。
 葬礼の簡素化
葬礼の簡素化も、自ら実践することによってその範を示した。鷹山の長子顕孝が、寛政6年(1794)1月5日、疱瘡のため江戸で亡くなった。治広の世子にも定まり、19歳の若さということもあって、鷹山の悲しみは大きかった。遺骸が江戸から送られて、米沢に着いたのは2月4日であったが、その葬礼にあたっては、これまでの慣習や先例を改めている。それは、火葬を廃して土葬とすること、葬礼の行列も、主なる道具をそろえるだけで他は一切省略すること、位牌は二重台無彫刻黒漆とし、群臣の御供も、敬哀の意をあらわすものでよいとし、普通の礼服としてよいなど、一連の簡素化を図ったことである。土葬は必ずしも簡素化とは言えないが、肉体と霊を一体として考える儒教的観念を実行するものであった。この葬法は、大殿様重定の場合も実施され、米沢藩領では、その後特に普及したと言われている。
寛政8年5月、領内一般に対しても、葬祭質素の令が出され、「葬は薄きを尊び、礼は有無に従う」という古来の教えによるべきことを諭し、具体的な簡素化を指示している。それらは例えば、これまでは、行列まで挑灯を出してきたが、今後は棺の辺へ、その家の挑灯のみとすること、幢灯篭は4本のみとし、野ロウソクは立てないこと、などである。また法要についても、僧は2,3人いない、僧中への賄は一汁一菜とし、酒は出さないこと、などともある。このことは、18世紀後半になると、一般庶民の中にも生活文化が高まるとともに、儀式的なものが次第に華美になっている傾向への戒めでもあった。このような倹約令の徹底は困難な場合が多いが、鷹山の実践が領内に大きな影響を与えたことは事実であった。





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