幕府を作り上げた人々 ~有能な代官―大久保長安~ 危険視された怪物 |
長安は八王子の他に桐生、相川などの町も建設している。また、東海道、中山道、甲州道中の宿駅制度を確立するとともに、青梅街道その他の道路や橋梁を整備して、さらに一里塚も築造させるなど、交通行政を管轄している。 また、豪商角倉了以とともに天竜川、富士川、千曲川等の開発を計画する等、河川交通にも力を入れている。そのうえ、江戸城や駿府城の改築や城下の拡張工事にも参画し、また、木曽谷の伐木や運材権も握っていたことから、名古屋築城にあたって作事奉行の筆頭として、おおいに辣腕を振るった。鉱山採掘・用水土木・城郭建築の3つの基本的な技術を身に付けている長安は、次第にテクノラートとして幕政における実験を握っていくのである。
長安には七男二女がいたらしい。嫡男の藤十郎は父に似て、かなりの利発者で将来が大いに期待されていたようである。その岳父は信濃国深志城主石川康長であり、次男の外記の妻は、池田輝政の二女という説もある。三男の権之助は幕府奉行衆青山成重の養子、六男の右京の妻は、家康の六男忠輝の家老花井遠江守の女である。 江戸幕府が、以前豊臣系大名の動きに神経を使っている時期において、こうした長安の一族や周辺の関係は、かなり危険なものだったと言ってよい。「日本一のおごり者といわれた長安の個人的財力が、もしも徳川家の経済力を凌ぐようなことが有ったら一大事である。幕閣においても、彼の広大な支配地は、しだいに脅威を感じる存在になっていったことは確かである。 |