日中戦争と近衛 ~聖戦~ |
その理由として、世界不安の根本的原因は、実質的な国際主義が充分実現されていないところにあるので、「日本の行動の本質は世界歴史の本流において、真の国際正義を主張せんとするもの」だからとした。そして、「世界は今や一大転換の期に際会致しているので、東洋の道徳を経とし、西洋の文明を緯とし、両者を総合調和して、新しき世界に貢献することは実に我が国に課せられたる重大使命」であると、格調高く結んだ。日中戦争とそれによる国民生活の悪化を、国家主義と世界史的視野から哲学的に正当化し、国民に自覚による協力を呼びかけたのである。
この演説は、国家主義や国際正義論、国民の自覚など近衛の持論が織り込まれているのはもちろんだが、日中戦争の世界史的意義の強調や親日新中国政権との和平という構想は、演説前に刊行された東亜同文会発行の雑誌「支那」9月号掲載の中山優の記事にて初めて示されたので、中山論文の影響も大きいことは間違いない。
近衛の持論からすれば、この戦争における日本の立場を可能な限り正当化することで、国民を団結させて中国に圧力をかけることで早期収拾を目指したと考えられる。しかし、清沢冽が「外交を一国の利害から出発させないで、思想的イデオロギーで進む場合には、そこには止まる限界がなくなる」と警告していたように、結果的には当事者国同士の妥協、ひいては戦争の早期収拾を極めて困難にする。その意味で、この近衛の演説は日中戦争史において決定的に重要な出来事であった。なお、国民精神総動員運動は、10月12日に官民の諸団体によって結成された国民精神総動員中央連盟によって実施されていった。 |