歴史好き(2018.7.28)
 
私のことを「歴史が詳しい人」言っててくださる方がいる。確かに歴史は好きなジャンルだけど、詳しいかと言われれば正直躊躇する。少なくとも、知っているジャンルだとしても、それは大いに偏っている。少なくとも、日本史・世界史の過半に詳しいようでなければ、詳しいなどとは口が裂けても言えない。
「歴史散歩サークル」を運営しているから、何でも詳しいわけではない。でも好きな事は事実だ。好き=詳しいとまだ言えないのが現実。さらにいろいろ知らなくてはと、心だけは焦る。

そもそも自分が歴史好きだというのは、蓆社会科系の事が好きだという側面からであろう。
小学生の時、まんがの歴史本が流行っていた為、それに熱中。秀吉や第二次世界大戦のことを知る事ができて、好きになったというべきか。
とはいえ、本格的に歴史の書籍を読み漁るようになったのは、成人後しばらくしてからだと思う。特に30代に入ってそれが加速する。それでも、興味のある分野は戦国と幕末に偏っていた。それが徐々に江戸時代や明治、大正昭和といった時代にも興味の矛先を伸ばし始めた。だが、戦国以前の中世そして古代については相変わらずさっぱりだ。まして世界史については、ほとんど無知。こんな人間が「歴史マニア」を気取ってはいかんだろう。

最近、このHPを運営するにあたって、特に歴史のジャンルは重点的に更新しているが、果たして今のスタイルでよいのか正直迷う。もっといろいろな視点から歴史的事項や人物などを掘り下げる必要があるのでは、と思うからだ。
そして、日本史を日本史のみの視点っで見るのは偏りがさらに生じる恐れがある。日本は島国なので孤立しぎみかもしれないが、いつの時代だって日本は絶えず世界との関わりが多かれ少なかれある。長い時代区分の平安期と江戸期が、いわゆる鎖国状態的で、大陸他諸外国とのかかわりが薄い時代というのもあろう。この長い平和?な時代が続いたからこそ日本は世界史と分離している錯覚に陥りやすいが、そんなことはない。いつの時代も必ず関係性は生じている。

単なる人物論からスタートした私の歴史探求は、もっと社会的構造とか対外関係とか、そういった部分からも学ぶ必要があると思い、一層難しくしているような気がしている。
そして、5年も10年も経つと、新たな歴史解釈が出始め、根本的に考えを改める必要も生じ始めた。
そう、歴史とは絶え間ない学びの連続が必要なのだ。そしてその学びとは、ただ書籍を読むだけではなく、現地に足を運んで考える、感じる。この繰り返しなくして、真の歴史の学びはあり得ない、そう思っている。



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